当協会副会長で、著名な指揮者の小林研一郎氏、9月11日に、さいたま市で、日本フィルハーモニー交響楽団を指揮(コロナ禍のため、プロの演奏家が観客の前に立つのは、埼玉県内では、初めて)

9月13日付朝日新聞埼玉版によりますと、表題のコンサートの概要は、次の通りです。

1、9月11日夜、埼玉県さいたま市大宮区のソニックシティー大ホールで、日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会があった。新型コロナウィルスの感染拡大以降、プロのオーケストラが観客の前に立つのは、埼玉県内では、初めてという。コバケンこと小林研一郎さんのタクトに導かれた重厚な生音に、人々は割れんばかりの拍手を送った。

2、今回は全2505席を890席に制限。公演時間が約70分ほどと、短めになるモーツアルトのピアノ協奏曲と、交響曲に曲目を変え、休憩時間を省いた。舞台上の人数も50人程度に絞り、1月以来の定期演奏会にこぎつけた。

3、「炎のマエストロ」と呼ばれ、情熱あふれる指揮で人気のコバケンだけに、本来なら「2千席以上が埋まるはず」(関係者)が、感染への警戒からか、観客は500人ほど。それでも、埼玉県内のクラシックファンにとっては、待ちに待った演奏再開で、透き通ったピアノの音色や、バイオリンの奏でるハーモニーに、じっと耳をすませた。

4、演奏後小林さんは、「演奏会を開けるのは、何よりうれしい。コロナ禍に耐えた演奏家たちの精神力が、新たな音を奏でるのを聴いて欲しい」と話した。

ハンガリーで発明された玩具ルービックキューブの日本発売40周年記念展示会(9月24-11月9日、ハンガリー文化センター)

9月23日付毎日新聞によりますと、表題の展示会の概要は、次の通りです。

1、玩具メーカーで、バンダイ子会社のメガハウスは、9月23日、立体パズル「ルービックキューブ」の日本発売40年を記念して、世界最小のルービックキューブを発売すると発表しました。

2、ルービックキューブは、1974年にハンガリーの建築学者エルノー・ルービック氏が発明。1977年にハンガリーで発売されると、異例のヒットとなりました。

3、日本では、1980年から発売が始まり、累計1400万個を突破する人気商品になっています。1辺3マスが基本ですが、現在では、より難易度が高い一辺が4マスや、5マスのモデルも、発売されています。

4、同社などは、日本発売40周年を記念して、ハンガリー文化センター(東京都港区)で、9月24日(木)から、11月9日(月)まで、「ルービックキューブ40周年展」を開催します。

オペレッタを通しての日本・ハンガリー文化交流(その2、最終)

I、ハンガリーとウィーン・オペレッタとの違い
ウイーン・オぺレッタは、1、にも、2、にも、3、にも音楽で、4番目にようやく芝居が来る。ハンガリーのオペレッタは、1、が音楽なら、2、は芝居と、演劇性に富んでいる。動きは生き生きとし、バイタリティーにあふれ、踊りはレビューのように、欠かせなく、衣装や装置は、ハンガリー色豊かな色彩感にあふれ、楽しさを幾重にも、重ねていく。それは、ハンガリーの民族性、マジャール人気質といってよく、独創的で、なぜか日本人の感覚にも、ぴったりと合っている。

II、レハールとカールマーンの違い
カールマーンの音楽は、日本人に、ごく自然にわかるのだが、レハールの音楽は、その解釈で、どうしても西欧の壁にぶつかってしまう。そのカギの一つとして、レハールには、ドイツ系の血が混じっていることが分り、カールマーンは、純粋にハンガリー人であることを知った。マジャール人と日本人は、いずれもお尻に青い蒙古班がある。この感覚は、同じ、血のなせる業かと解釈した。

III、ブダスト・オペレッタ劇場関係者の主な日本公演
1,1996年、及び1997年、レハールの「メリー・ウイドウ」、2,1998年、「メリー・ウイドウ」、及びカールマーンの「チャールダーシュの女王」、3,1999年、カールマーンの「伯爵家令嬢マリツア」を上演。

IV、日本オぺレッタ協会関係者による日本での主な公演
1、(1)1981年日比谷の第一生命ホール(東京)で、カールマーンの「伯爵家令嬢マリツア」をノーカットで、日本初公演。(2)1986年西麻布のオペレッタ・ホール(東京)で、レハールの「ルクセンブルグ伯爵、(3)ブダぺト・オペレッタ劇場指揮者のヴァーラーディ・カタリン女史(日本オペレッタ管弦楽団のゲスト指揮者)による『微笑みの国(1998年、2002年、2007年)、「ルクセンブルグ伯爵」(2009年)、(4)1990年中劇場、1992年大劇場で、『微笑みの国」、(5)1998年、レハール没後50周年に際し、ブダペスト指揮者コンクールで優勝した井崎正浩を招き、日本オぺレッタ協会のホーム・グラウンドの北とぴあさくらホールで、「微笑みの国」を上演。
2,2002年10月13日、北とぴあさくらホールで、「微笑みの国」が上演され、天皇皇后両陛下(現上皇上皇后両陛下)が、ご鑑賞された。同じ年の2002年7月には、天皇皇后両陛下は、ハンガリーをご訪問され、ハンガリー国民の日本熱は、急速に高まった。

V、日本オぺレッタ協会関係者のハンガリー公演
1,1998年、ブダペスト・オペレッタ劇場で、海外初の公演として、日本文化の「顔」を持つ「微笑みの国」を上演し、大成功を収めた。その理由につき、寺崎氏は、「交流史」の中で、次の様に述べている。「レハールの母国、オペレッタの本場のハンガリーで、当協会の”微笑みの国”が激賞されたのは、ウィンナ・オペレッタ115年の歴史をしっかりと受け継ぎ、日本の伝統芸術の歌舞伎を隠し味に、オペレッタと歌舞伎の東西音楽劇を融合した日本文化の顔を持った日本ならではのオペレッタだからである」。
2,2002年、ブダペスト・オペレッタ劇場、セゲド、ペーチの両国立劇場で、「微笑みの国」を上演、大成功を収めた.マードル・フェレンツ・ハンガリー大統領(当時)からは、「ハンガリー公演を評価する」とのメッセージが、日本オぺレッタ協会に送られた。(了)

オペレッタを通しての日本・ハンガリー文化交流(その1)

8月26日付当協会のブログに、ハンガリーの著名な作曲家レハールの喜歌劇”微笑みの国”が、8月23日、NHK・BS3テレビで放送されました」を掲載しました。他方、2009年、日本ハンガリー友好協会は、国交回復50周年の記念事業として、「日本ハンガリー交流史ーーー1869~2009」を発行しました。歌舞伎、オペレタ演出家の日本オぺレッタ協会理事長、芸術監督(当時)の寺崎裕則氏が、「交流史」に、「オペレッタを通しての日本・ハンガリー文化交流」を寄稿されました。同寄稿文は、大変参考となりますので、(イ)ハンガリーとウイーンオペレッタの違い、(ロ)レハールとカールマーン(ハンガリー出身の著名な作曲家)のオペレッタの違い、(ハ)ブダペスト・オペラ劇場関係者の主な日本公演、(二)日本オぺレッタ協会関係者の日本での主な公演、及び(ホ)日本オぺレッタ協会関係者のハンガリー公演について、寄稿文にもとずいて、記述します。なお、寄稿の中に、「マジャール(ハンガリー)人と日本人は、いずれもお尻に青い蒙古班がある」とあります。このブログ記事の筆者が、ハンガリー在勤中、ある小児科医師に聞いたところでは、「ハンガリー人の幼児にも、たまに青い蒙古班が出ることがある」由です。他方、筆者もブダペスト・オペレッタ劇場で、「微笑みの国」を鑑賞し、感激しました。なお、現在の日本オペレッタ協会の理事長は、看板テノールのオペラ・オペレッタ歌手の田代誠氏で、当協会の会員になっていただいておりますので、申し添えます。